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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1341号 判決 1957年2月16日

控訴人 真田久

被控訴人 破産者三菱殖産株式会社破産管財人 森良作 外一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用すべく、証拠として、被控訴人ら代理人は、甲第一号証を提出し、控訴代理人は、当審における証人永森宗義の証言及び控訴本人の尋問の結果を援用し、甲第一号証の成立を認めた。

理由

(一)破産者三菱殖産株式会社が昭和二九年一二月二五日東京地方裁判所において破産の宣告を受け、被控訴人らがその破産管財人に選任せられたこと、(二)破産者が昭和二八年中控訴人からその所有の被控訴人ら主張の店舗一棟を賃借し、敷金二五万円を差し入れていたが昭和二九年六月中右建物中一階表道路に面する一三坪の部分のみを借り受けることとし、その他を返還して賃料を一ケ月一万円としたこと、(三)然るにその後延滞賃料を生じたので同年一二月中さらに控訴人との間に同年一一月分までの延滞賃料及び一二月分の賃料計一一万円を右敷金二五万円から差し引き残額金一四万円を新に賃貸期間昭和三〇年一月一日から同年一二月末日までと定めてこの敷金にあて、且つ、毎月の賃料金一万円を右敷金残額から差し引く旨合意したこと、(四)破産者が前記の如く破産したので控訴人らは昭和三〇年三月七日到達の書面を以て賃借人の破産を理由として解約の申入をしたことは、いずれも当事者に争がない。

然らば、特段の事由なき限り、控訴人は被控訴人ら主張の如き敷金残額返還義務ありというべきところ、控訴人は敷金不返還の特約があつた旨抗争するのでこの点につき判断するに、本件にあらわれたいかなる証拠によつても単的にかかる約定が成立した事実は認められない。もつとも、当審における証人永森宗義の証言及び控訴本人の供述中には、前記(二)の如く賃貸借部分を縮少し賃料額を減じたその当時において、控訴人と破産者との間において、その後の賃料は敷金をもつてこれに充当することとし、敷金の残存する間は破産者は賃借建物部分を使用(又は他に転貸)して敷金残存期間内破産者において賃貸借を解約しないことを約したのであり、この約定が前記(三)の昭和三〇年一月一日以降の賃貸借に引きつがれているとなす趣旨の部分があるけれども、仮りにかかる約定があつたとしても、右証言、供述自体から既に窺われ、さらに成立に争なき甲第一号証(第四条参照)を附加斟酌すれば明瞭なように、右約定がその本旨とするところは、破産者の控訴人に差し入れた敷金を前払賃料と同視した上で、この前払賃料に当る敷金の残存する間は破産者は賃貸借を解約しないことにするというにあるのであつて、結局破産者の不解除の特約によつて実際上控訴人が敷金として受領した金を返還することなくして終ることを図つたものであることが分るのである。それは単なる敷金不返還の特約ではなくて、賃料の前払ある賃貸借について、賃借人の右前払期間内の賃貸借不解除の約定がなされたというに過ぎない。然るに被控訴人らの本件賃貸借の解除は民法第六二一条の規定による賃借人の破産を理由とする解約なのであるから、右不解除約款の拘束を受けるものではなく完全に有効であり、被控訴人ら主張の日たる昭和三〇年六月八日には賃貸借終了の効果を生じたものというべく、これに伴い控訴人は破産者から敷金名義で預つた一四万円から賃貸借終了までの賃料を差し引いた残額を返還すべき義務を負うに至つたことは勿論である。要するに控訴人の抗弁は採用することができない。

よつて控訴人に対し右一四万円から昭和三〇年一月一日以降右本件賃貸借終了の日までの賃料五万二六六七円(円未満四捨五入、なお右賃料額を五万二八七二円となす被控訴人らの主張は誤算に出たものであることが明瞭である。)を控除した金額の範囲内なる八万七三二八円及びこれに対する賃貸借終了の日の翌日たる昭和三〇年六月九日以降完済までの民事法定利率による損害金の支払を求める被控訴人らの請求は全部正当として認容すべく、同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。よつてこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文の如く判決する。

(裁判官 大江保直 猪俣幸一 古原勇雄)

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